熊本地震に関連した意見交換会を開催しました

10月11日(火),地盤工学会の大会議室にて,「熊本地震に関連した意見交換会」を開催しました。

この意見交換会は,当初,8月30日に行う予定でしたが,台風10号の影響の避けるため,開催日を変更して実施したものです。

当日の出席者は,話題提供者4名,参加者51名,報道関係者2名の計57名でした。

プログラム

1.開会挨拶

菅野 安男:地盤品質判定士会幹事会 副幹事長

2.話題提供

2.1 被災宅地の復旧における留意点-東日本大震災後の仙台市の事例-

佐藤 真吾:株式会社 復建技術コンサルタント 執行役員

2.2 2016年熊本地震 建築構造と地盤構造の両面からみた熊本県益城町の住宅被害

森 友宏:前橋工科大学 工学部 准教授

2.3 平成28年熊本地震後の地盤品質判定士活動について

田尻 雅則:地盤品質判定士(熊本県在住)

2.4 熊本地震による住宅地盤被災者および地盤品質判定士の支援

中村 裕昭:地盤品質判定士協議会 事務局長

3.閉会挨拶

北誥 昌樹:地盤品質判定士会幹事会 幹事長

 

意見交換会は,菅野安男地盤品質判定士会幹事会副幹事長の開会挨拶で始まりました。

話題提供者の佐藤真吾さんは,東日本大震災によって被災した宅地の調査結果や復旧対策事業,東日本大震災と熊本地震の被災事例の違いなどを中心に話されました。

森友宏さんは,地震発生後の現地調査を益城町役場付近で行い,住宅の被害が建物の構造自体によるものばかりではなく,地盤変状によってもたらされたものがあったことや,地表面の傾斜が4度程度と緩い場合でも,地盤の変位がみられたこと,阿蘇山の火山灰である“黒ボク土”が地震動を受けて泥状になりやすい特徴があることなどを話されました。

田尻雅則さんは,熊本県内で実際に復旧活動に携わっている体験を基に,熊本地震による地盤災害の特徴,復旧に向けた陳情事例,地盤品質判定上の課題,県外地盤品質判定士による支援などについて話されました。

中村裕昭さんは,地盤品質判定士が被災者支援を行うポイントとして,被災者の視点に立ち,工務店・建築士・弁護士と連携することや,リスクコミュニケーションを図ることを話されました。

話題提供者の持ち時間の中で,参加者の皆さんが熱心に意見交換をされていました。

最後に,北誥昌樹地盤品質判定士会幹事会幹事長による閉会挨拶が述べられ,定刻に意見交換会を終了しました。

意見交換の概略

(Q:質問,A:回答,C:コメント)

【佐藤真吾さん】

Q:仙台市の造成宅地滑動崩落緊急対策事業がいつごろ決まったのか?

A:2011年11月の国会で復興交付金による同事業の創設が決定され,発災から1年後の2012年3月に施行された。それまでは,阪神淡路大震災や新潟県中越地震等の事例を勉強して,被災宅地救済のための様々な検討を行ったが,過去の救済措置では東日本大震災における被災宅地の多くが救済できなかったため,最終的に造成宅地滑動崩落緊急対策事業を創設し,既存事業の要件を大幅に緩和して弾力的な適用が図られた。

Q:擁壁が被災したが,狭い場所なので直すことができない場合には,どのように対応したのか? 危険宅地として住めなくなったのは,個人の責任になるのか?

A:狭い場所では網状鉄筋挿入工が多用された。この工法は幅が2.5m程度以上あれば施工できる。当初,壊れた擁壁の再構築を考えていたが,施工業者が再構築では擁壁解体時に周囲の地盤が変状するということで,断念するケースが多く発生した。危険宅地については,基本的に,個人(宅地所有者)が直さなければいけないが,個人では無理であることは行政側も分かっている。そのため,公的に援助する方法を仙台市は考えていた。熊本でも,行政は公的な援助を考えていると思う。仙台では,放置された危険宅地はないと聞いている。熊本の場合,公的助成がないと個人では工事費は払えないという人が出てくるし,自治体も,公的助成では賄えないのが現状である。ここが問題である。

Q:宅地の地震対策として,どのようなことが行われたのか?

A:基本的には,盛土の滑動崩落の防止工事と被災擁壁の強化復旧工事を実施した。具体的には,抑止杭の打設,水抜き孔の設置,耐震擁壁の再構築や網状鉄筋挿入工による擁壁補強などを行った。ただし,宅盤改良は造成宅地滑動崩落緊急対策事業では行っていない。

Q:宅盤の地震対策としてはどのような対策が必要なのか?

A:家が解体撤去されていれば,緩い状態の盛土地盤に対してセメントなどを用いた地盤改良で不同沈下対策を行う。また,家がある場合には,建物が傾かないようにするため,アンダーピニングのように杭を打設する。周りが変状しても,建物だけは傾かないようにする。地震で盛土地盤全体が横方向に滑動する場合には個人の対策だけでは防ぐことができないため公的支援が不可欠であるが,縦方向の変形となる不同沈下は,個人で対策することになる。

Q:盛土のN値は標準貫入試験の値か。それともスウェーデン式サウンディング試験の結果から推定した換算値か? また,盛土の土質は何か?

A:図で示したN値は標準貫入試験の値である。当該調査は160地区を対象として各地区で1箇所以上のボーリング調査を実施したため,このとき得られたN値を用いた。当該地の地山は砂岩,泥岩,凝灰岩等の互層から構成されているため,盛土材はこれらの混合土である。

Q:仙台では擁壁に対する助成が手厚いが,実際はどのくらいの割合で復旧に対して助成が行われたのか? また,助成金の総額はどのくらいなのか?

A:(その場では回答できなかったが,仙台市の公表では)被災宅地全5,728宅地のうちの約44%(2,521宅地)は公共事業による復旧で,残りの約56%(3,207宅地)は助成金制度による復旧が行われた。助成金の詳しい額は分からないが,概ね300億円と聞いている。

 

【森友宏さん】

Q:黒ボク土の層厚は?

A:付近のボーリング柱状図をみると,N値の低い粘性土的な層厚は5~20mである。

C:森先生が行った土質試験は,黒ボク土の一面を示しています。黒ボク土は,乾燥させると団粒化するので,地山では粘土であるが,乾燥すると砂のようになる。そのため,締固め曲線ではピークは現れません。森先生による土質試験の結果は,畑の土(黒ボク土)を用いたからだと思う。黒ボク土の厚さは,厚くても3m程度である。益城地区では,その中に火山灰が入っており,その下は1~2mの赤ボクと黒ボクの互層,火砕流となる軽石混じりの層,土石流堆積物,火砕流堆積物のような層序になっている。
森先生が扱った土は,一般的な切土の黒ボク土ではないかもしれません。
また,一般的な造成地盤の固有周波数は0.3~0.4秒(N値8)とありますが,益城町ではスウェーデン式サウンディング試験結果から換算するとN値は2くらいであり,県道の南側の沖積層は非常に軟らかい(地表面下5~6mまではN値2~3であるが,それ以深はN値1程度である)ため,地盤の固有周期はもう少し長いと思う。(田尻雅則さん)

Q:液状化を起こした地域が北にあるが,そこは沖積層の砂質土が堆積しているのか?

A:表層は黒ボクである。黒ボクが砂質土化して液状化したと考えている。基本的に黒ボクは粘土であるが,乾湿繰り返すところでは砂質土化している。試料を採取したところは,自然地盤をトレンチカットして道路を造ったような場所で,乾湿繰り返したため,一般的な黒ボクと異なった性状を示していると思う。
液状化を起こしたところは3mくらいトレンチのようになっていたので,液状化しやすい状況にあった。乱されるドロドロになる土であった。浦安などで起こっている一般的な液状化とは違う現象かもしれませんので,少し悩ましいところです。

Q:現地で,黒ボクを地山と盛土に簡単に識別できるのか?

A:現地での識別は難しいが,地元の古老に話を聞いて情報を提供していただき,判断している。擁壁などを構築しているところは,明らかに盛土と分かる。

 

【田尻雅則さん】

Q:いろいろな講習会に参加している。今回は,熊本で地盤品質判定士の資格者が,どのような活動をしているのか興味があった。田尻さんの話を聞いて,もどかしい思いをした。判定士の役割は,不動産売買における土地の品質評価ぐらいであり,実際に被災された地盤に対して,判定士はどのような役割があるのかを聞きたかった。実態として,どうでしょうか?

A:私自身ももどかしさを感じている。一つには,エリア全体の地盤の変位が,水平方向にも鉛直方向にもからり大きな値になっていることや,河川堤防も同じように下がっており,地震後の梅雨時期に大規模に冠水している。そのため,河川堤防を嵩上げするのか否かが決まっていないため,全体の動きが取れない。このような状況の中で,判定士が具体性を持った話ができないのが辛いです。家の売買に伴う地盤の品質を担保するという話ならまだよいが,それ以前に,その土地全体が宅地ではなくなってしまうかもしれないという状況の中でまともな話ができないというもどかしさがあります。

Q:無料相談会を数多く行われていますが,住宅の問題が地盤に起因しているということを,住民の方たちはなかなか気づかないと思います。相談会には,建築士や工務店の方たちと一緒に相談にのるのが効果的と思いますが,いかがですか?

A:住民の方は,目に見えるところにクラックがあったり,擁壁が倒れていたりすると,地盤の話になる。ある場所に家を建てられるかという話になると,相談を受ける建築士の方は地盤に関する情報を持っていない。我々にどういったオーダーがあるかというと,建築士や住宅メーカーと情報交換しなければ,何が必要なのか分からない。住民をはじめ,建築士や住宅メーカーに我々(判定士)がいるということを知ってもらわないと,コミュニケーションが取れません。そこが一番の課題になっています。

C:地盤技術者は,大規模な宅地被害しか目にはいらない。見た目ではすぐには分からない地盤変状には見向きもしない。見た目は何ともないのだが,家が傾いている事例を建築士さんから指摘されて,我々ははじめてその問題を認識することとなる。建築士さんは,宅盤が変状したままでは家を修復してよいかどうか分からないと言われたので,家を見に行った。その際,仙台では地割れしている宅盤上の木造建物は基礎の損壊と見なして全壊と判断されていたが,熊本では宅盤に地割れがあっても,半壊または一部損壊と評価していた。そこには制度上,「壁または柱の傾斜しか測らない(床の傾斜や地盤の変状は考慮しない)」という問題があった。建築士からは建物の変状が地盤に起因すると判断できるのは地盤品質判定士しかいないと言われた。地盤品質判定士は建物直下の地盤変状のみならず、周囲の地盤変状を総合的に考慮して建物への影響を判断することができる。これからは,地震被害が起きた際には建築士と地盤品質判定士が一緒に行動するということが重要であるということを感じた。(佐藤真吾さん)

 

以上

技術委員会委員長 小野日出男