(質問 Q2)
谷埋め盛土の3次元形状を考慮した評価法に興味を持ちましたが、オーソライズされた方法といえるのでしょうか。また盛土形状の推定精度が評価結果に及ぼす感度はどの程度なのかといった検討手法の検証や利用法は整備されていますか。
【回答 A2】
何をもって「オーサライズ」されているかというのは曖昧なので、経緯を説明します。オーサライズされていると考えるかどうかは、読者の判断におまかせします。また、検証は大地震後に実現象で行うことになりますので、言い方は悪いですが「大地震待ち」です。阪神・淡路大震災後、中越地震、中越沖地震、東日本大震災で、実現象との対比によって検証されています。利用法に関しては、テキストに入手方法を記載していますので参考にしてください。また、3次元形状を考慮した評価法「側方抵抗モデル」は、2005年に宅造法改正(宅地耐震化事業の創設)のために、作成された方法論です。盛土の滑動崩落は、今まで知られていなかった現象なので、国交省都市地方整備局都市計画課開発企画調整室の「新しく知られた現象には新しい安定計算法が必要」との意向で、日本地すべり学会に委託されて開発されたものです。
当時は、この解析法を開発する前提として、下記の条件がありました。
(1)宅地盛土は地盤調査データが得られない場合が大半なので、地盤調査データがなくても安全性を概略的に評価できる方法が必要(作成される盛土マップの中で危険度を評価し、詳細調査の優先度を決める必要があるため)。
(2)事前に得られる情報は、谷埋め盛土が入っている器の形状(幅・深さ・長さ・地山傾斜角・面積)と、地山傾斜角と相関関係が認められた盛土内地下水位の情報のみ。土質に関する情報はない。
(3)釜井ほか(2000、2002)の研究で、谷埋め盛土では谷の幅/深さ比(W/D)≒10が地震時変動の有無の境界となっており、W/D>10となると変動しやすいことがわかっていたので、これを簡易な力学モデルにする。
(4)盛土が入る器(盛土形状)と、地山勾配から推定される地下水位情報のみを使って、実際に大地震で発生した変動・非変動が分離できれば「使える方法」となり、分離できなければ「使えない方法」として棄却される。(結果的に「使える方法」と評価された)
(5)盛土の強度が地質によって大きく異なると、それぞれの地域でモデルを設定する必要があり、予測には使えないことになる。
(当時使えるデータは、阪神・淡路大震災の情報のみだったので、他地域への適用はその後の検証による。結果的に、他地域でも同じ土質パラメータで実現象が再現できることがわかった)
この国交省発注業務で、阪神・淡路大震災で調査された盛土の変動・非変動を解析した結果、変動・非変動を分離することができ、少なくとも阪神・淡路大震災の実現象に対しては「実用的なレベルで地震時の安定性評価が可能であると判断できる」とされました。
一方、従来の2次元安定解析でも試みられましたが、「2次元解析手法による地震時安全率の信憑性は極めて低いと言える」と結論付けられました。
この業務の成果により、2006年3月の宅地造成等規制法改正時に、大規模盛土造成地の変動予測に用いる方法として、側部摩擦を考慮し、盛土の器の形状のみから安定度を評価できる「側方抵抗モデル」を用いる方向性となりました(日経コンストラクション(2006))。
2006年3月に改正宅造法が成立し、およそ半年後に大規模盛土造成地の変動予測ガイドラインが策定されましたが、その際に第2次スクリーニングにおいては、側面抵抗を考慮できない「2次元断面法を原則とする」に突然変更されました。側方抵抗モデルについては、第2次スクリーニングを行う盛土の優先度を決める方法論の一つと位置づけられるにとどまりました。なおガイドラインでは、第一次スクリーニングに用いる参考的な手法として当初から記載されていました。最新版(2015年5月版)でも、「その他の方法」として記載されています。側方抵抗モデルは、大地震による盛土の実物大実験結果を統計的な処理を行って、阪神・淡路大震災の実現象に対して高い再現率を持っていましたが、実測値を用いた安定計算法ではなかったことが、第2次スクリーニングへの適用除外に影響したものと考えられます。(盛土の強度が地域や地質によって異なると予測に使うには適さないから)
その後、国土地理院により造成前後の地形情報から側方抵抗モデルを用いて半自動で安定度評価を予測したシステムが開発されました。このシステムで、2004年新潟県中越地震、2007年新潟県中越沖地震のデータで検証した結果、実現象を最もよく再現する最適パラメータは、地質・地域の異なる阪神地区のそれとほぼ同等であることが判明し、地域を問わず変動予測に用いることができる方法と評価されました(中埜ほか(2012))。
2011年3月に発生した東日本大震災においても、この側部抵抗モデル(途中から呼び名が「側方」から「側部」に変わることがありますが、同じ意味です)の予測の正答率が高いことが明らかになりました(太田ほか(2011b))。
また計算に用いている最適土質等パラメータは、現象をうまく再現できることに特化しているので、実際の土質強度とは異なります。どの程度異なるのかを知ることが重要なので、太田(2012)では、仙台地域の滑動崩落現象が起きたところで、土層強度検査棒ベーンコーンせん断試験で実測しました。その結果、砂質土系盛土では、側部抵抗モデルの最適パラメータと実測値は、同じとまでは言えませんが、似た傾向を示しました。(折立地区のような粘性土系盛土では、似た傾向は見つかりませんでした)
論理的に側面抵抗力を安定度評価から外すことはできないので、実測値を用いて詳細な計算を行うということであれば、側面抵抗力を考慮した3次元安定解析を行うのが適切です。具体的な方法について、太田・廣野(2020)で紹介しています。少なくとも法律改正時に、すでに「2次元解析手法による地震時安全率の信憑性は極めて低いと言える」と評価が出ている方法論で、詳細検討を行うのは著しく不合理だからです。
なお、側方抵抗モデルも含め、滑動崩落の安定計算には、土質定数を実測したとしても、まだ以下のような課題が結構残っています。とはいえ、いずれも側面抵抗力を考慮することが大前提にあり、2次元解析でどうにかなるものではありません。
1.そもそも盛土には地下水を排除するために公的基準で決められている暗渠が入っているにも関わらず、ほぼすべての盛土に飽和地下水がたっぷり存在するのはなぜか?(これは相当重い問題です。地下水が暗渠で排水されていたら、そもそも滑動崩落現象などないからです)
2.土質強度を実測すると言っても、地下水で地中侵食を受けスカスカになっている盛土底部は、サンプリングすらままならないので、実測ができるかどうか大いに疑問があります。
3.仮に実測できたとしても、地震の揺れによってどの程度の過剰間隙水圧が発生するのかを見込むことが、相当難しい。また側方抵抗モデルでは、先生方のアドバイスに基づき過剰間隙水圧を「過剰間隙水圧高(m)」として設定しているが、一種の液状化現象なので「過剰間隙水圧比」を使うほうが適切ではないだろうか。
4.設計水平震度kh=0.25としているが、揺れのタイミングと滑動時は同時ではなく、土塊の滑動は遅れて起きるので、計算の中にkhを含めるのが適切かどうか疑問がある。
法改正に至る道のりについては、太田ほか(2011a)に記載しています。この中の集計値等は、NPO法人都市災害に備える技術者の会(2006)で実施した内容が多く含まれています。
【参考資料・文献】
1)国土交通省(2015年5月版):『規模盛土造成地の滑動崩落対策推進ガイドライン及び同解説』1編 変動予測調査編の中の 盛土形状計測・相対的滑動崩落発生可能性評価支援システム(国土地理院)以降、pp.1-69-1-72
https://www.mlit.go.jp/common/001090725.pdf
2)釜井俊孝・守隨治雄・太田英将・原口強(2000):”都市域における地震時斜面災害のハザードマップ-宅地盛土斜面の変動予測-”、日本応用地質学会シンポジウム予稿集、pp.25-37
https://www.ohta-geo.co.jp/geotech/2000_JSEG_report.pdf
3)釜井俊孝・守隨治雄(2002):『斜面防災都市-都市における斜面災害の予測と対策』、理工図書、200pp
4)NPO法人都市災害に備える技術者の会(2006):「大地震時における宅地盛土の被害に関する調査業務 報告書」、国交省都市・地方整備局都市計画課開発企画調整室発注
<抜粋>https://www.ohta-geo.co.jp/geotech/2005_NPOreport_extract.pdf
5)日経コンストラクション(2006):”2006年の建設産業-技術基準-”,p.61
https://www.ohta-geo.co.jp/geotech/2006_NBP_construction.pdf
6)社団法人日本地すべり学会(2006);「平成17年 谷埋め盛土造成地の危険度評価・安定解析手法に関する検討業務 報告書」、国交省都市・地方整備局都市計画課開発企画調整室発注
<抜粋>https://www.ohta-geo.co.jp/geotech/2006JLS_report_extract.pdf
7)太田英将・榎田充哉(2006):”谷埋め盛土の地震時滑動崩落の安定計算手法”、関東支部地盤工学研究発表会、pp.27-35
https://www.ohta-geo.co.jp/image_com/20061110taniume.pdf
8)太田英将・廣野一道・林 義隆・美馬健二(2011a):”宅地盛土の地震時被害軽減を目的とした地盤技術者のアウトリーチ活動”、日本地すべり学会誌、vol.48、No.6、pp.40-45
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jls/48/6/48_6_344/_article/-char/ja/
9)太田英将・釜井俊孝・村尾英彦(2011b):2011 年東北地方太平洋沖地震による都市住宅域の斜面災害の予測と対策、第50回日本地すべり学会研究発表会講演集、pp.14-15
https://www.ohta-geo.co.jp/geotech/2011JLS.pdf
10)太田英将(2012):”造成盛土の地震時滑動崩落に対する安全性評価”、第47回地盤工学研究発表会講演集、pp.2011-2012
https://www.ohta-geo.co.jp/geotech/2012JGS1010.pdf
11)中埜貴元・小荒井衛・星野実・釜井俊孝・太田英将(2012):”宅地盛土における地震時滑動崩落に対する安全性評価支援システムの構築”、日本地すべり学会誌、vol49,No.4、pp.164-173
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jls/49/4/49_164/_article/-char/ja/
12)太田英将・廣野一道(2020):”滑動崩落の安定計算方法の提案”、第59回日本地すべり学会研究発表会講演集
https://ohta-geo.net/kaisha/ronbun/20200915jisuberi_ohta.pdf
【参考図書等】
<Youtube>釜井俊孝(2019;講演映像) 「未災の地盤 それは想定外ではない」京都大学防災研究所公開講座20190924、側部抵抗モデルに関する話は48分20秒頃から
https://www.youtube.com/watch?v=39ddBuGolTI
<刊行物>釜井俊孝(2019):『宅地崩壊 なぜ都市で土砂災害が起こるのか』、NHK出版新書、側部抵抗モデルに関する記載はpp.133-136
<刊行物>土木学会地盤工学委員会斜面工学研究小委員会(2009):『家族を守る斜面の知識~あなたの家は大丈夫?~』第3章地震による斜面の災害、pp44-58
<刊行物>公益社団法人地盤工学会(2013):『地盤調査の方法と解説』第12編 地盤環境調査、pp.1118-1119、及びpp.1130-1131
<刊行物>公益社団法人地盤工学会(2015):『地盤工学・実務シリーズ32 防災・環境・維持管理と地形地質』1.2.4盛土の地すべり、pp.55-60