《地盤品質判定士コラム第6回》ボーリングマシンを使った地質調査のお話 - 歴史 そして進化-

2022年6月27日

 道路や河川、その他のインフラ建設工事や災害発生後の復旧工事の現場などでボーリングマシンを使って地質調査をしている様子を目にすることがあります。暑い日差しの下、寒い北風の中、ヤグラを組んで、その下にヂーゼル発動機を積んだ小さなボーリングマシンを置いて、長いロッドを繋いだり切ったりしながら・・・・。

 日本では、いつ頃からボーリングマシンを使った地質調査が行われていたのでしょうか。

図-1 熊本地震直後のボーリング調査状況

 日本では、すでに江戸時代の文政年間(1818~1830年)には、千葉県君津市の小糸川流域や小櫃川流域で上総掘りというボーリング技術が開発され、200間(360m)もの深さまで掘進できたとのことです1)。当時のボーリングは井戸を掘進するもので、現在の地質調査とは異なるものでしたが、帯水層を確認するために地質の判定は行われていたようです。当時、上総掘りでは、竹ひごの先端に取り付けられた掘鉄管を地中に突き刺し、掘鉄管内に土砂を取り込み、竹ひごを巻き上げで土砂掘削を行っていました。そこでは、すでに孔壁崩壊防止と先端に装着されたノミの冷却のために粘土(ネバ)水を使っており、現在のボーリング技術に通じるものがありました。

図-2 上総掘りの図(千葉県ホームページから)

 その後、明治を迎え、地質調査の世界でも文明開化よろしく、欧米から現在の地質調査の主流となっているロータリー式ボーリングの技術が輸入され、国内でも森村式ロータリーさく井機が作られ、日本鑿泉などにより井戸掘削が行われました。

 大正12年(1923年)9月1日に南関東を中心とする巨大地震が発生しました。関東大震災です。被害は、死者105,385人、全潰全焼流出家屋293,387戸に上り、電気、水道、道路、鉄道等のライフラインにも甚大な被害が発生しました。時の内務大臣後藤新平は、帝都復興院総裁に任命され、東京の復興を進めました。東京府の復興は現状復興ではなく、災害に強い近代的な都市を目指すため、大規模な道路整備や土地区画の整理などが盛り込まれた強化復興でした。後藤新平は、強い国土を創るためにはその地盤を知ることが重要であるとの信念を持ち、キーストン社製のボーリングマシン2台を購入し、従来の上総掘りと併せ、711本23,545mの地質調査を行ったとされています。その後、インフラ整備に際しては地質調査が行われるようになりました。日本でも、利根商会、ヤマト工作所などが創業し、調査機材の導入や製造が行われるようになりました。

図-3 キーストン社製ボーリングマシン(ボーリングポケットブック第4版から)

時代は進み、日本は日中戦争から太平洋戦争と戦禍が続き、昭和20年(1945年)8月15日にポツダム宣言を受理し終戦を迎えます。そして、戦禍に荒廃した国土に対し、戦後復興としての社会資本整備が進められます。また、復興に続き、高度経済成長期を迎え、地質調査の需要が高まりました。特徴としては、戦災を受けた都市部のほとんどは大河川下流の平野部に発達した大都市であり、海浜部でありと、地質調査の対象も軟弱地盤に集中することになりました。その間、新たに創業した鉱研試錐工業、東邦地下工機、吉田鉄工所などのメーカーにより、小型のスピンドル式ボーリングマシンが開発されました。

図-4 ハンドフィード型ボーリングマシン(ワイビーエム提供)

 昭和36年(1961年)には、それまで様々な寸法であったロッドは40.5mmが標準とされ、標準貫入試験もJIS規格化されました。また、昭和39年(1964年)6月16日に発生した新潟地震では液状化被害が発生し、橋梁やアパートなどが倒壊・傾斜などの被害を受けました。この被害を受け、地質をもっと知る必要から、固定ピストンサンプラー、LLT、PS検層などが開発されました。その他、昭和45年(1980年)になると地質調査用の小型ボーリングマシンにも油圧フィードが導入され、地質調査の機械化が進められました。このような経過をたどり、現在のほとんどのボーリングマシンを使った地質調査は1980年ころまでに開発された技術で行われているのです。

図-5 油圧フィード型ボーリングマシン(ワイビーエム提供)

 これまで、地質調査の技術は、災害や戦災などから復興するたびに発展してきましたが、その後の阪神・淡路大震災(平成7年(1995年)1月17日)、東日本大震災(2011年(平成23年)3月11日)と大規模な災害が発生し、復旧・復興が行われてきました。その間、コアリングやサンプリング等の品質向上に関わる技術開発は行われているものの、ボーリング技術には大きな変化は見られないままで、最後の開発期の1980年から40年が過ぎています。ボーリングマシンを使った地質調査はシーラカンス化しているのではないかと心配されていませんか。

 話はそれますが、生物学の研究者からは、「シーラカンスの遺伝子の変化は他種に比べて遅い」こと、「地球上には生物が変化する必要がない場所が少ないながらもあり、シーラカンスはそういった環境で生存してきた」と指摘されているようです。

では、ボーリング地質調査は変化が遅い技術なのでしょうか?現在のボーリングによる地質調査は変化の必要がない環境にあるのでしょうか?

 ここに紹介した江戸時代からの地質調査の歴史を見る限りでは、地質調査技術は時代に即した変化をしてきました。また、ボーリングマシンメーカーでは次なる技術開発も行われており、新たなボーリングマシンの試作機なども提案されています。

図-6 試作機の概要(全地連:新たな時代の地質調査業発展ビジョンから)

 現在、ボーリング調査業界では、内的にはフォアマンの減少が問題視されており、生産性の向上は待ったなしの状態です。また、建設業界全体としても、生産性革命、i-Construction、BIM/CIM 活用、インフラ分野の DX といった様々な施策が打ち出されており、地質調査業界もこれらに呼応する必要があるようです。

 以上から、ボーリングマシンを使った地質調査は、近いうちに変化がおこるのではないでしょうか。地質調査の進化が楽しみです。

奈須 徹夫

地盤品質判定士・地盤品質判定士会幹事。

所属企業:株式会社ワイビーエム

専門は、軟弱地盤の調査および対策。地盤改良専業者にて、施工管理・設計・技術開発・営業を経験。ベトナム、モンゴル、インドネシアの3カ国での海外経験もあり。現在はメーカーで地盤改良機および地質調査機の開発企画および広報企画に従事している。また、次世代ボーリングマシンの開発にも従事している。地質調査オペレータが減少する調査業界に、機械メーカーの立場から、ICTを搭載した全自動ボーリングマシンを開発・供給し、インフラ整備や安全・安心な暮らし作りが確実に行われるように業界全体を下支えしたい。