《地盤品質判定士コラム第3回》敷地境界に崖や擁壁がある場合の心構え

1.はじめに

1.1 陽当りと見晴らしの良い高台の住宅は要注意

 住宅販売の広告チラシに『陽当りと見晴らしの良い高台の分譲地』といった主旨のキャッチコピーが書かれていることをよく見かけます。

 一般的には住宅購入予定者の多くが魅力を感じる宅地の条件のようです。 実際,このような崖や擁壁の上の住宅を市中でよく見かけます。 ※図1参照

 

 逆に崖や擁壁の直下にある住宅も市中で結構見かけます。 ※図2参照

 このように宅地の前面もしくは背後に崖や擁壁があるということは,崖もしくは擁壁等を挟んで隣地との地盤高に落差(比高差とも言う)があるということであり,地形的には平地と台地の境界部もしくは台地・丘陵地における斜面地の造成地と理解できます。

 この落差部は自然地形であれば崖(がけ),人工的な造成地だとのり面と呼称し,これらの全面もしくは一部に擁壁という構造物が設置されていたり,のり面保護工が施されている場合もあります。

 前述のように『陽当りと見晴らしの良い高台の分譲地』となると落差は数m以上はあるものと考えられます。

 このような隣地の地盤高とに落差のある土地は,地盤工学的もしくは隣地との相隣関係において一定のリスクが潜在していることがありますので,土地探しの段階であればできるだけ避けたい要素ですし,現在住んでいる土地と住まいであれば,現状でのリスクの状態を把握して,必要に応じて対策を講じなければなりません。何れにしましてもこのような崖や擁壁を伴う土地の場合は,地盤の専門家にリスクの有無やその内容・安全性について相談することをお奨めします。

1.2 崖や擁壁に関わるリスクの多様性

 前述のとおり隣地の地盤高とに落差があるということは,個々の宅地は平坦に仕上がっていても,もともとの地形は斜面地や台地縁辺部もしくは平地縁辺部であり,隣地との境界に崖やのり面,擁壁が存在していますので,何らかのリスクが潜在している可能性があります。

 代表的なリスクを表1に例示しますが,表中に[要注]と付記しましたように,地盤の専門家でないと見落としかねないリスクが潜在していることに注意が必要です。

 ただし,これらはあくまでもリスクということで,危険と断定している訳ではありません。リスクの内容をきちんと把握して,的確な対策を講じていれば恐れることはありません。

2.宅地のリスク概説

 以下,表1で例示した宅地のリスク項目ごとに,リスクの意味と対策の基本的考え方について概説してみます。

2.1 被害リスク

 ここでは被害原因や被害に対する責任についてはとりあえず考えないことにして,家屋に隣接する崖・擁壁が崩壊した場合は家屋が被害を受けるリスクがあることを考えます。

 崖や擁壁に隣接する家屋等が持つ基本的なリスクです。

 被害形態と被害レベルは実際は多種多用ですが,代表的なものとしては1.1図1のような家屋の前面(足元)にある崖や擁壁が崩壊して,最悪の場合は家屋も崩壊してしまったり,家屋の基礎地盤が喪失してしまうこともありますし,不同沈下程度の被害の場合もあります。

 1.1図2のような家屋の背後の崖や擁壁が崩壊すると,最悪の場合は住宅が押しつぶされたり埋没したりすることがあります。

 これらの家屋被害は,状況によっては人命に関わることもあります。

 崩壊の誘因は地震や大雨が引き金になることが多いですが,不安定要因が蓄積して,ある日突然崩壊する場合も見られます。 

2.2 加害リスク

 自分が所有する土地に崖や擁壁等が存在した場合,その崖や擁壁が崩壊すると,自分の家屋等が被害を被るだけでなく,隣地の家屋等に被害を及ぼしたり,第三者に被害を及ぼした場合は,崖や擁壁の安全管理責任が問われ,被害に対する賠償等の責任が生じる場合があります。

 即ち,自分が所有する,もしくは占有・管理する土地に崖や擁壁等が存在する場合,被害リスクだけでなく加害リスクを保有していることに留意しなければなりません。

 被害リスクと加害リスク何れにも共通しますが,建築基準法第8条に『建築物の所有者,管理者又は占有者は,その建築物の敷地,構造及び建築設備を常時適法な状態に維持するように努めなければならない。』という規定がありますので,土地所有者もしくは建築物所有者には敷地や構造物の安全確保義務が課せられていることに注意が必要です。

2.3 相隣関係リスク

 崖・擁壁に関わる隣地との相隣関係リスクは,崖・擁壁が崩壊したり変状が確認されたりして,実際に修繕や建替えの場面にならないと気付き難いリスクです。

 あるいはこちらが所有する擁壁下の地盤(隣地の土地)を隣地所有者が掘削して,こちらが所有する擁壁が変状・崩壊するといったトラブルが跡を絶ちません。

 隣地との敷地境界線は崖や擁壁下部ギリギリに設定されていることが一般的で,崖の補強や擁壁の修繕・建替えに必要なスペースが崖や擁壁の所有者の土地としては確保されていなかったり,隣地の土地となっている崖や擁壁の下部地盤を掘削しないことが崖や擁壁の安定条件になっている場合が多く,隣地所有者が必ずしもそのような事情を理解していないこと等からくる隣地とのトラブルリスクです。

 擁壁の上部に後付けで設置された張出し構造や,地下部の底版のつま先もしくは基礎部等が隣の敷地に越境していることがあります。特に地下は見えないので,地下構造の越境トラブルは結構多く見られます。

 また,擁壁には排水孔が欠かせませんが,排水孔から陳地に流出する地下水が隣人とのトラブルになる例もあります。

 その他,隣地との境界の崖・擁壁等に関わる相隣関係問題は多種多様にあります。ただし,この相隣関係は隣地所有者との間が良好にコミュニケーションが取れる関係であれば問題はありませんが,必要なコミュニケーションが取れていない場合にリスクを抱えることになります。

2.4 崖・擁壁自体の安定性リスク

 崖や擁壁自体の構造的安定性は,現在では評価法も設計法も一定水準で整備されていますので,これら評価基準・設計基準に則って適正に設計・施工・維持管理されていれば崖や擁壁自体の構造的安定性リスクの心配は基本的にはないはずですが,例えば増積み擁壁,二段擁壁,張出し構造等を付加していたり,経年劣化や大雨・地震時の変状を放置していた場合,擁壁等の安定性が損なわれリスクとなっていることがあります。

 また,この崖・擁壁自体の安定性と次に示す斜面地での周辺一帯表層滑動崩落リスクは別物であることに注意が必要です。

 崖や擁壁自体の変状・崩壊リスクおよび隣接する家屋への影響リスクは,話としては分かり易いと思います。地震や大雨時に,崖が崩れたり擁壁が倒壊するリスクがあり,更にその時に隣接する住宅への影響リスクが一定程度存在する可能性があるという話です。

2.5 斜面地での周辺一帯表層滑動崩落リスク

 周囲を含む斜面地の表層滑動リスクおよびその崖・擁壁・家屋への影響リスクについては,地盤の専門家でなければ思いが及ばないリスクの可能性があります。特に宅地として整備されている土地の表層が崖や擁壁付近だけでなく平坦面の敷地領域を含めて広い範囲あるいは擁壁基礎地盤を含む深度におよぶ表層全体が滑動することは地盤の専門家でないと想定し難いリスクと思われますが,実際にこのような滑動崩落事例は多数発生しています。重要なことは,例えば,前記2.4の擁壁の安定検討は,一般的に支持力,転倒,滑動の3項目について行いますが,これらはあくまでも支持地盤(基礎底面以深の地盤)が安定していること,擁壁背面地盤もしくは,斜面地全体の滑動はない前提で行っていることが多いです。擁壁のある宅地の安定評価では,擁壁自体の安定検討とは別に,擁壁背面および支持地盤を含む表層地盤の滑動に関する安定検討を疎かにしてはいけません。

2.6 崖・擁壁自体の経年劣化リスク

 崖にしても擁壁にしても年月が経つと各種劣化が進行して安定性が低下しているのが普通です。経年劣化のことを耐久性・健全性・寿命といった言い方をすることもあります。

 崖や擁壁は今安全であればよいという訳ではなく,将来にわたって一定期間の安全が担保されることが必要です。この視点が重要です。

2.7 周辺土地利用環境変化に伴うリスク変化

 崖も擁壁も周辺の土地利用環境の変化によって,前記2.4~2.6の安定性やリスクが経年で変化する場合があります。一番考え易いのは,周辺での土地利用環境変化によって崖や擁壁背面の地下水環境が変化することです。擁壁を設置する時は各種排水対策を講じることで,背面に過剰な地下水圧が掛からない条件で設計しますが,周辺の土地利用環境の変化,もしくは前記2.6とも関係しますが背面の排水性の経年劣化と周辺の土地利用環境の変化との相乗効果によって,常時には問題なくとも大雨時や地震時の安全率が潜在的に低下していることがあります。

2.8 崖地上段宅地の地震揺れ易さリスク

 台地や丘陵地縁辺の崖地に限らず,盛土造成地縁辺部のり面,河川や海の護岸等の落差地形の上段部の宅地は,横揺れ地震動に対して片側の地盤がない(抑えがない)ことから,平坦面で囲まれた宅地に比べて大きく揺れることが知られています。耐震設計の評価の際に,このことへの配慮が必要です。

2.9 既存不適格擁壁リスク

 宅地に隣接する崖や擁壁の安全・安定に関わる法や条例が整備されてきたのは50年程前からです。それ以前は統一的な基準はなく主に平時での安定性だけを念頭に,経験や慣行に基づいて構築されている場合があります。即ち,構築当時は法令がなかったことから違法構造物には該当しませんが,現在の法令に照らし合わせてみると適合していない擁壁を,慣行的に既存不適格擁壁と呼んでいます。例えば,大谷石積み擁壁や玉石積み(空石積み)擁壁,がんた積み擁壁と呼ばれるものがこれに該当する場合があります。

 既存不適格擁壁は構築から50年前後経過していることから,前記2.6の経年劣化も重なりますので崩壊リスクが高いと考えるのがよいと思います。

2.10 異常(極端)気象現象に伴うリスク

 

近年は線状降水帯と呼ばれる,経験したことのないような降水量の集中豪雨に見舞われることが多くなっています。この視点からも安定性の低い(不安のある)崖や擁壁等の崩壊リスクは増大しているものと考えられます。

 崖や擁壁のある宅地では,最低限の安全率のクリアではなく,リスクの多様性を踏まえた十分な安全性の確保を提言したいと思います。

3.崖・擁壁の安全性の見極めはなぜ難しいのか

3.1 崖や擁壁の安全管理の責任は誰に

 崖や擁壁の安全を確保する責任は崖や擁壁が立地する土地の所有者にあります。民法第206条に『所有者は,法令の制限内において,自由にその所有物の使用,収益及び処分をする権利を有する。』,第207条に『土地の所有権は,法令の制限内において,その土地の上下に及ぶ。』と規定され,土地所有者に土地利用の権利があることが法的に保障されています。それを踏まえ,建築基準法第8条では『建築物の所有者,管理者又は占有者は,その建築物の敷地,構造及び建築設備を常時適法な状態に維持するように努めなければならない。』と規定し,建築物の所有者に敷地や構造物の安全確保義務が課せられています。

 従って,崖や擁壁等の安全管理の責任は土地所有者もしくは建築物の所有者・管理者・占有者にあることになります。

 一般的に,崖や擁壁のある宅地の敷地境界は,図3に示すように崖や擁壁の下端ギリギリに設定されていることが多いです。

 しかし,これは絶対ということではなく,敷地境界が崖や擁壁の途中にあったり交差していたり,あるいは上段ギリギリにある場合,また,下段にしろ上段にしろ崖・擁壁の端部から十分に離隔をとって境界線が設定されている場合もあることはあります。

3.2 維持管理における相隣関係

 民法第二款 相隣関係の第209条(隣地の使用請求)は『土地の所有者は,境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で,隣地の使用を請求することができる。ただし,隣人の承諾がなければ,その住家に立ち入ることはできない。』と規定しています。前述のとおり建築基準法第8条で敷地もしくは建築物の所有者・管理者・占有者に崖や擁壁の安全確保義務が課せられています。安全確保には安全に関わる状態把握が必要で,状態把握の基本は崖や擁壁の目視観察です。前述のように敷地境界は崖や擁壁の下端ギリギリにあることが一般的なので,崖や擁壁の目視観察には,民法第209条によって,隣人の承諾を得なければなりません。また,崖や擁壁の補強・補修・建替え等が必要になった場合は,隣地への足場設置や機械搬入,作業員の出入り等から,崖や擁壁下端から例えば0.5m~1mと作業スペースの確保が必要となります。

 隣人と良好な関係になかったりリスクコミュニケーションが図れない場合には,崖や擁壁の状態把握も,問題が確認された後の補強・補修・建替えが実施できない場合もあり得ます。

3.3 安全の担保には限られた項目での必要条件のクリアだけでなく十分条件の満足の見極めが必要

 擁壁の安定には,①擁壁直下地盤や背面近傍地盤との関係から擁壁自体の安定検討〔転倒,支持力,滑動〕と②基礎底面下の支持地盤や背面表層地盤を含む滑動崩落に関する安定検討の両面が必要であることを,2.4と2.5で述べました。しかも崖や擁壁のリスクは代表的なものだけでも1.2表1に示しましたように少なくとも10の側面があります。

 1つの側面でのリスク項目をクリアしてもそれはあくまでも多数ある必要条件の内の1つをクリアしただけのことですので,安全の十分条件を満足した訳ではありません。

 実態としては上記3要素の安定検討(必要条件)だけ検討して,表層地盤の滑動崩落の安定検討(十分条件)まで実施していなかったり,経年変化(劣化や変状)を見落としていることが多く,その結果,擁壁崩壊を含む地盤災害および建物被害に繋がっている例が多く見られます。

 例えば,擁壁のある敷地に家屋を建築する場合,擁壁下端から立ち上げた安息角以深の地盤に基礎を支持させることが一つの目安(最低条件)となっています。この条件は設計上の必要条件ですが安全上の十分条件ではないことに注意が必要です。

 このように限られた項目での必要条件をクリアするだけでなく,考えられる範囲でのリスク項目で十分条件を満足しているかを見極めることが重要です。

3.4 崖・擁壁の安定問題では外的要因の予測の不確実性が大きい

 実際に崖や擁壁が崩壊するのは台風・集中豪雨や大地震がきっかけ(誘因)となる場合が多いです。あるいは台風・集中豪雨の後に大地震,大地震の後に台風・集中豪雨が連続的に発生したり,台風・集中豪雨もしくは大地震が断続的に繰り返し発生する場合もあり得ます。それぞれの発生場所,発生規模,発生時期等の予測には,不確実性が伴います。

 また,排水機能の経年低下で背面の地下水位条件が,あるいは地盤条件がスレーキング等によって当初とは異なっている場合も多々あります。

 崖や擁壁では,予測の不確実性が大きいことも踏まえた,総合的な安全評価が求められます。

4.あとがき

 崖や擁壁に隣接した宅地が全て危険ということではありません。リスクを把握して的確な対策を講じ,維持管理で経過観察を行っていれば問題ありません。

 維持管理や崩壊対策・建替えを考えると,擁壁下端から例えば1m程度離して敷地境界を設定するのが理想です。しかし実態は擁壁下端ギリギリに敷地境界が設定されていることが多く,法的に崖・擁壁の土地所有者に安全確保義務があるものの,安全管理に欠かせない維持管理や補強・補修・建替えに必要な土地のスペースが確保できていないことが殆どと思われます。これを乗り切るには崖・擁壁の安全に関して隣人とのリスクコミュニケーションの構築が欠かせません。それができない場合は,崖・擁壁を所有し続けることは非常に危険と言わざるを得ません。

 崖や擁壁のある土地に住んでいる場合,崖や擁壁のある土地を購入する場合は,地盤品質判定士等の地盤の専門家に相談することをお奨めします。

中村 裕昭

 現:地盤品質判定士会理事,㈱地域環境研究所技師長,東京地方裁判所民事調停委員および専門委員。地盤・地下水コンサルティング会社でエンジニア・経営者として長年勤務する傍ら学会や業界団体の活動に精力的に参加し,地質調査業および地盤工学の発展に取り組んできた。主な著書に,『地盤材料試験の方法と解説』(共著)や『法律家・消費者のための住宅地盤Q&A』(共著)などがある。

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