《地盤品質判定士コラム第7回》 熱海市伊豆山地区の泥流災害の概要とメカニズムの推察
本コラムは、2021年7月に静岡県熱海市で発生した泥流災害について、地盤品質判定士の観点から災害発生のメカニズムを考察した内容となっております。
1.泥流災害の概要
熱海の泥流災害は,熱海市伊豆山地区逢初川において,2021年7月3日10時30分頃,泥流の第1波が発生し,その後も数度の泥流が発生し,人と家屋等が押し流され甚大な被害が発生した.死者は 災害関連死も含め27名,行方不明者1名(2022年3月3日現在),流出家屋44戸の被害であった.今回の災害をもたらした降雨(7月1日10時から発災した7月3日10 時まで)は,24 時間雨量260mm,期間雨量449mmであり,すでに盛土が形成されていたと推定される 2011年1月以降の最大値となった.違法かつ不適切な工法により形成された盛土の崩落が被害の甚大化につながったと推測される.
図1左の写真は泥流の流下した状況で,黒褐色~暗褐色でどろどろの状態の泥流が流下した様子が良く分かる(2021年7月7日撮影).泥流は家屋の壁の縞模様の方向に流下したと考えられる.右奥の赤い建物は,テレビの報道によく出てきた建物である.報道では今回の現象を「土石流」と呼んでいるが,岩塊をほとんど含まないことより「泥流」と呼んだ方がよい.なお,今回泥流化した盛土であるが,残土が捨てられたものであると考えられることから,宅地の盛土と区別するために「投棄残土」などの呼び方のほうが適している.
2.泥流災害のメカニズムの推定
図1右の写真に源頭部の崩れ残った投棄残土の状況を示す.この写真は2021年11月25日に現地で撮ったもので,降雨も比較的少ない時期で投棄残土もやや乾燥しているように見受けられる.図1の二つの写真は,投棄残土は乾燥した状態(不飽和な状態)では急な斜面でも自立するような強度を持つが,飽和化することで強度低下を起こし,どろどろの状態になる可能性を示唆している.つまり,投棄残土は水分が少ない時には不飽和状態にあることで見かけの強度を有すること(土中のサクション)で安定しているが,今回の降雨により徐々に飽和化していき,サクションが消滅することで顕著な強度低下を生じ崩壊したものと推定される.
それでは、次に崩壊した投棄残土が傾斜角17°~10°の斜面を何故流動化したのかを考える.投棄残土の粒度構成を図21)に示す.投棄残土の粒度は試料によるばらつきが比較的少ないこと,礫・砂・シルト・粘土をほぼ同じ程度含んで粒度配合が良いことが特徴としてあげられる.過去に起こった火山噴火による泥流は長距離を流下している事例が多いので,十勝岳の大正泥流(1926年:大正15年)2)と約22万年前の富士相模原泥流3)の粒度を調べてみた.その結果,今回の投棄残土による泥流と過去の2事例の泥流の粒度の共通点として,礫分,砂分,シルト分,粘土分を程よく混入した中間土であること,粒度配合が良いことが分かった.また,投棄残土は,シルト・粘土分を多く含むため飽和化した時の含水比がかなり高く,雨水や周辺からの流入水で多量の水分を含むことになり,粒度配合が良いことも要因となり流動化したと考えられる.
今回の投棄残土の崩壊から流動までのメカニズムは,以下のように推定される.
- 投棄残土は不飽和な状態ではサクションにより強度を保っているが,投棄残土内に水が入り飽和化することによりサクションが失われ極端な強度低下を生じた.
- 投棄残土が崩壊するには何かインパクトが必要である.河川堤防の浸透破壊などから想定するに,法尻部が浸食を受け,これにより投棄残土が不安定化し崩壊したものと考えられる.崩壊は8回程度にわたって続いたとの事であるので,投棄残土の崩壊による不安定化が進行的に継続した.
- 投棄残土は過去に発生した泥流と,中間土であること,粒度配合が良いことなど共通点がある.中間土でシルト分,粘土分の含有量が多いことから含水比も高いこともあり,崩壊後流動化した.
【参考文献】
1)熱海市伊豆山地区土石流土質調査結果(速報),静岡県交通基盤部河川砂防局,令和3年7月27日.
2)十勝岳と火山泥流 富良野川火山砂防事業の取りくみ,北海道旭川土木現業所富良野出張所,1998年.
3)富士相模原泥流の堆積学的特徴とその流下機構に関する考察,武原未佳他,相模原市立博物館研究報告,2017年3月31日.
利藤 房男
地盤品質判定士・地盤品質判定士会幹事長。
応用地質株式会社 理事 技師長。
地盤工学を専門とし、宅地の地盤防災への取り組みに注力。
また、海域の地盤調査法や物性評価の分野においても精力的な活動を行っている。